ferme & miryuu

雪 & 古文書目録

     昨日の天気予報で、明日(1/14)は都内も雪かも。。。 とやっていましたが、予報的中! さっきから雪が降ってます☆
     今日はお休みなので、家の中から雪をぬくぬく眺めています。 仕事だったら電車とか止まりそうで危なかったですが・・・

     *

     そんなわけで雪ですし、さんぽも行けないので 部屋の中の片付けでもしようと思いつき 朝からいらない書類を
     捨てたりして仕分けしていたのですが。。。

     数年前に miryuu家の叔父から届いた手紙が出てきまして、この直系の叔父は都内に住んでいるのですが
     本家のある盛岡と東京でお仏壇の魂が二分されてしまうのはよくないので 盛岡のお仏壇から魂抜きをして
     東京のお仏壇に魂入れの手続きをしますね・・・ という連絡でした。
     それと一緒に、蔵に手付かずで保管してあった古文書などを南部家の研究をされている郷土史家さんに
     解読してもらい、歴史的に価値のあるものは県の公民館などで保管・展示していただくことに。。。というものでした。

     この手紙をもらったのは、たしか少なくとも 9~10年前のことで 当時は自分も若かった!?ですし ざっと読んで
     「直系で古文書を私的管理するのも大変だと思うので賛成しま~す」 というくらいの認識しかありませんでした。

     が・・・ さきほどたまたまこの手紙を見つけて、miryuu家の古文書目録などを改めてよくよく見直してみると、
     なんというか面白いというか 歴史を感じるというかこんな時代にも今と同じように政治があって、藩(県)があって・・・・ 
     っていうちゃんとした営みがあったんだなあ・・・と。。

     現物で残っている書物で一番古い年号が、寛永の「鞭策伝書」というものなのですが、よくよく見てみると
     鞭策伝書以外にも 「一和流馬術 極之巻」 なんて絵巻物とかがあったりで、ご先祖様は馬術の勉強を
     していたのだねえ。。。 と思ってみたり。 どうりで自分も馬好きなわけです。

     寛永という時代を調べてみますと、わかりやすいところで徳川家光の時代のようです。
     起きた出来事を見てみると、 「島原の乱」。 おお~、、、受験のとき覚えたな(笑)

     文書や巻物にはすべて年号と記載した人、もしくは受取人の名前なども書いてあるようで、寛永の頃は
     「 miryuu(苗字) 源左ヱ門さん」 とか、 いかにもこの時代っぽい名前が出てきますが、以外や以外、
     少し時代が進んで延宝(1670年代)くらいになると、 「miryuu 隼太さん」 とか、 「miryuu 利綱さん」 とか
     かなり今っぽい感じの名前に変わっています。 こういうの、その時代の流れというか流行りみたいなものも
     あったのでしょうね。。。☆
     



          

by miryuu_farm | 2013-01-14 12:08 | ◎つぶやき◎
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