ferme & miryuu

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18日ぶりの!

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我が家の界隈には、いわゆる大型スーパーがないので、地震以降品薄状態が続いています。
買い占めが起きた時期に比べるとだいぶ良いですが、まだ空白の棚も目立ちます。
皆様の地域はいかがですか??

今日は、18日ぶりに納豆に出会えましたよ(嬉)
牛乳は、一本300円近かったですが買いました。
卵も300円に迫る勢いですね。。

人間って不思議なもので、今の食事に圧倒的にたんぱく質が足りていないので
お肉でも食べればよいのでしょうが、なんかがっつり肉を焼いて食べるぞ!
みたいな気分にならないのですよね。。。なぜか。
シチューに入れて煮込む感覚であれば良いので、最近シチューを欠かさず作ってます。
野菜や牛乳もたっぷり使うので、一度に色々なものが口にできて手軽でいいかな?と。



そして今日の朝、私の VAIO ちゃんはラボへと旅立ちました。。
私は生活の中でパソコンをかなり使う人なので、家の中にパソコンが
一台もないと、やっぱりなんだかさみしいですね。。
iPadでネットは見れますが、iPadでできることは限られますしね。
やはりパソコン二台体制を再検討かな。。。


今日は風は冷たいですが、日射しはあたたかく。。
フェルメに日向ぼっこをさせて、お散歩したら、もう眠そうにしています。
フェルメもようやくいつものペースになってきたかな。。(^.^)

by miryuu_farm | 2011-03-29 14:12 | Comments(0)

届いたみたいです


23日に、避難所にいる伯父あてに郵便のレターパックを2つ送ってみました。
実際に届くかどうかもわかりませんでしたが、宮城の郵便局が被災者の方にレターパックを
届けている映像がテレビで流れていたのを見て、私も送ってみました。

ネットで追跡すると、丸2日間は東京で保留されていた様子。。。
25日にようやく盛岡に着いたものの、そこでしばらく保留しますとのメッセージ。。
一ヶ月間は保管しますと備考にあったので、4月に入った頃に届けばいいほうかな?と思っていましたが。。

今朝、ダメもとで荷物を追跡してみると、なんと!! 昨日の午後に避難所に届いたようです!!
この避難所は、未だに電話が通じないので。。。
伯父も突然レターパックが届いてびっくりしたと思います。
施設がそのまま避難所になっているので、他の入所者さんで体調を崩したり、暖房がないので
風邪をひかれたりしている方もいらっしゃるかも。。。と思い、1つ目には薬と滋養強壮剤や
ミネラルなどのサプリ、医療用品メインで詰めて、2つ目には伯父がお腹が空いた時に少しずつ
食べられるようなゼリー飲料やお菓子などの食べ物類をいくつか詰めました。

なんでしょう!
わずかな荷物が届いたことが分かっただけで、この達成感!!!
いつも何気なく使っている宅急便や郵便も、実は本当にありがたいシステムなんですね。

明日からは、郵便局の窓口でゆうパックの受付も開始されます。
住所がある避難所には確実に届くことがわかりましたが、問題は宮古市の伯父のほう。
家は残っていますが、すぐ手前まで津波で壊滅しているので、家までの道があるのだろうか。。。
張り切って買い物をして、荷物を作ってみたものの、いきなり大きな荷物を出す前に、
今日こちらの伯父にも念の為レターパックを出してみました。
ゆうパックは直接本人引き取りなので、伯父が仕事で大槌に行ったままガソリンが無くなって、
宮古に帰れなくなると荷物も受け取れなくなりますし。。。
かといって大槌の会社はもう送る住所がないですし。。。
ひとまず、宮古のほうはレターパックがどう動くかで判断しようと思います。


午後は、フェルメとゆっくりおさんぽへ。
ひなたぼっこもできました。。
明日も当直なので、明日のお昼間までフェルメとのんびりできます。


そして、気が重い案件。。。
壊れたPCの行方。
液晶がすべてダメダメなので、SONYのHPで目安の修理費を確認すると。。。。
液晶修理は約60000円ですって!!
それだったら少しスペックを落として新しいPCを買ったほうが。。。
いや、、でもせっかくのPSEや現像のコンバーターはどうする???
……と悩んでいましたが、ふと購入時の保証書を見ると 『三年保証』 の文字。
一か八か、コールセンターに電話すると明日ラボから取りにきてくださると。
見積もりも出してくれるとのことで、その結果次第でこのPCを諦めるかどうか決めます。
けっこう盛りに盛ったので。。。捨てるのはもったいない。。どうか直っておくれ。。

でも、今あまり一眼を手に取る気がしないので、ちょうどよかったのかもです。
しばらくはこの iPad と仲良くすることにします。。。
私のVAIOちゃん、、、いってらっしゃい(泣)
できたらまた元気になって?帰ってきてね。

by miryuu_farm | 2011-03-28 19:04 | Comments(0)

少し暗めの東京

水曜日から仕事に復帰して、今日でようやくひとクールが終了。。 明日はお休みです。

先程、21時に職場を出て、改めていつも通い慣れた東京の街を見渡してみました。。
無駄な電飾は全て消え、暗めの駅。
開いているコンビニも、照明は最小限。
下りのエレベーターはすべて止まり、階段を急ぐ人達。

計画停電も、節電も、賛否両論ありますが、私は今のこの東京が好きかも。。と思いました。
もちろん、かつての華やかな東京も大好きです。いつかは戻ってほしいです。
でも、今はこの少し暗めの東京にすごく愛着を感じました。
今東京が暗くなっているのは、地震というより、その後の原発事故の影響ですが、
なんとなく原発事故の被災者の方や、遠い東北の津波被害の被災者の方々にも
寄り添っているような感じがして、東日本がひとつになっているような。。

大震災から、もう二週間以上経ちましたが 被災地の現状は正直マスコミが報じるような 『復興』
なんて言葉とはまだまだ程遠いものがあります。
すべてなくなってしまって、支えになる「かけら」さえもすべて流されて焼かれて、
なくなってしまったのですから、何をどうやっていけば元の生活に戻れるのか・・・
イメージすらできない方々も多いと思います。

地震から数日は、なぜ地震が起きたのか、なぜ津波はやってきたのか、そういう番組も
多かったですが、名立たる有名男性キャスターや司会の方々が生放送中に涙でコメントに
詰まる場面をたくさん見かけました。
人生経験が抱負で、どんな状況の時も冷静に話し続けるよう訓練しているはずの彼らですら、
被災の様子を見て涙で言葉に詰まるような、こんな大きな出来事は、今までになかったような気がします。。。

それくらい、例えば特に東北に縁がない人たちにも大きなショックと悲しみをもたらした
大きな大きな震災なのだと改めて少し時間が経って思うようになりました。


私は、実際に伯父たちが被災地にいるので、本当に色々なことを考えさせられます。
たった一瞬で、家も家族も無くした方々のことを思うと、今でもじわっと涙が出ます。
うちの家族は助かったからラッキー。。 そんな気持ちにはなれません。
たった一瞬で、穏やかで幸せだった毎日が、突然目の前から消えて無くなってしまった
たくさんの方々のことをこれからもずっと思い続けて寄り添っていけたら。。。と思います。

いつでも会えるし、いつでもメールできるし。。。
家族って身近ゆえ、ついそんなふうに考えがちですよね。。。
でも、本当はそうではなくて、何でもない日常こそが贅沢で幸せで、
それこそが感謝すべきものなんだと思います。

私は車の運転ができないので、まだ被災地に行くことができないのですが、
行かないといけないという気持ちがあります。
できるだけ早く、行きたいです。

自分が幼い頃よく遊んだ、気持ちの故郷がどうなってしまったのか、
私は自分の目で見て、確かめて、そして受けとめないといけないと思っています。。。

by miryuu_farm | 2011-03-27 23:55 | Comments(0)

ごちそう

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先日、甥っ子の気分転換に……と、ドーナツを買って姉の家に行きました。

すると甥っ子が、 『miryuuちゃん!いらっしゃい!ごはんをどうぞ!』
と、ごちそうを振る舞ってくれました☆彡
もちろん、幼児教育用の教材おもちゃなんですが、メインディッシュたっぷりと
ケーキ、フォークをつけてわざわざトレイに乗せて出してくれましたo(^-^)o

甥っ子が、津波の映像を見てから津波の絵を書いていると聞き、
心配になって気分転換に行ったつもりが、逆にこちらが癒されました。。。
今週からは、プレスクールも再開して元気にしているようです。
幼児専門の教育スクールなので、地震後は臨床心理士さんを常にバックアップさせるなど
万全な体制で対応してくれるのだとか。。 子どもの心のケア、大事ですよね。



今日は、他にも嬉しいことが!!!
夕方、夜勤明けの仮眠から目が覚めたら、大槌の伯父からメールが来ていました!!
びっくりしてすぐ返信しましたが、携帯の電波が所々しか安定していないので
パタリとやりとりが途絶えてしまい。。。。。
心配していたら先ほどまたメールが来まして、 二週間前ぶりに
宮古市の自分の家のほうに戻ってきたみたいです。
『二週間ぶりに風呂に入るぞ〜!!』という明るい内容でしたが。。。
たぶん震災から二週間、毎日働き続けて、相当に疲れていると思います。

宮古市の家は、手前で津波が止まっていたそうで、伯父の家は流されずに無事だそうです。。
電気や電話はなくても、やはり自分の家の中は落ち着くなぁ。。と。

この土日は少し家で休み、月曜日からはまた大槌の会社に戻り、復旧作業をするそうです。
が。。。
ガソリンがもうすぐなくなるので、それが無くなったら宮古市には戻れなくなるので
大槌の壊れかけの会社に寝泊まりするしかなく、今日明日で体力をつけておかないと……と。

家族としては、会社の復旧よりもせめてガソリンの流通が少し落ち着くまでは
自宅で休んでいたほうが。。。と思うのですが。。。
自分たちの会社を立て直すためには、仕方がないみたいです。
それに、大槌の現実が酷すぎるので、じっと黙って変なことを考えてしまうよりは、
毎日瓦礫の片付けでも、何でも、とにかく何かしていたほうが気持ちが前向きでいられるし。。。と。
確かに伯父の言うとおりかもしれないですね。。。

復旧する会社は海沿いからすぐの場所なので、さすがの伯父も

『やっぱり海の近くで作業してると、さすがにまだちょっと怖いよね・・・』

と話していました。
夜は山側の事務所に寝泊まりするようなので、安心なのですが。。

ひとまず今夜と明日は自宅で眠れるようなので、私達もひと安心です。。
とにかくこの2週間分、ゆっくり休んでほしいです。

by miryuu_farm | 2011-03-26 21:47 | Comments(0)

フェルメもげんきです

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フェルメも元気です o(^-^)o

この二週間、フェルメのケアも後回しだったので、今日は久しぶりに爪切りと肛門腺しぼりをしました。

当初は余震が来ると震えていたフェルメでしたが、ここ2日くらいは
強い余震も少なくなってきたので、怖がることもなく元気にしています。

相変わらずおさんぽは大好きなので、気分転換にさんぽは欠かさずしようと思っています。
お昼間にさんぽに行ける時は、できるだけ日光に当たってリラックスできるように。。。

パソコンが壊れてしまったので、しばらくはこんな感じの 写メールブログになると思います。

by miryuu_farm | 2011-03-25 13:52 | Comments(0)

仕事に復帰



23日から、仕事に復帰しました。
約10日ぶりくらいの仕事で、体力が戻っていなかったので歩くペースはやや遅め、
頭も若干ぼ〜っとしている感じでしたが、今日くらいから調子が戻って来ました。
明日は当直なので、お昼間少しひと息つけそうです。

ここ数日は、放射線関連のパニック?がまた起きていますね。
昨日までダメと言われていたのに、今日は大丈夫と言われても。。。
放射線の知識がないとどう理解していいのか迷いますよね。
私個人は仕事で放射線業界の先生とお話する機会も度々あるので、今のところ
都内での日常生活においては放射線関連の心配はあまりしていないのが現状です。
でも、原発事故が落ち着かない限りはこういうパニックは今後も起き得るのでしょうか。


昨日、避難所にいる伯父あてにレターパックを出してみたのですが、
追跡番号で確認してもまだ荷物は東京都内に留まっているみたいです。。。
ですが、『送れません』 の連絡も逆にないのでもうちょっと待ってみようと思います。

伯父たちは、今夜は食事できたのだろうか。。。
お風呂にはもちろん入っていないでしょうし、暖房もないでしょう。
昨夜のNHKニュースで、伯父の避難所のごく近い場所にある別の避難所からのFAXを
紹介していましたが、もう水も食糧もなくなる。。。という衝撃の内容でした。
NHKがなんとか電話で取材しようとしたそうですが、電話が繋がらなかったそうです。

避難所としてリストに上がれば、その後は物資も順調に届くものと思っていましたが、
リストに上がったからといって、物資が届いているわけではないのだな。。と思いました。
伯父のいる施設にもまだ電話はつながりません。

早くライフラインのどれかひとつでいいので復旧してくれたら、と思います。。
せめてガスと水があればなあ。。。お湯を沸かせるし、お風呂も入れますもんね。。

by miryuu_farm | 2011-03-25 00:52 | Comments(0)

PCが壊れた。。。

今日は一日雨でしたね。

午後に買い物に出たのですが、誰も歩いていませんでした。
スーパーにも人はほとんどいません。
放射線の影響を考えて外出をひかえているのでしょうか。。

この連休中は幸いにも計画停電は実施されず。
企業が動かないから。。。ですよね。 明日からまた企業が動き出せば実施されると思います。
企業のために、皆が停電で電力を捻出して提供しているようなものですよね。。。
なんとなく複雑です。
経済は回ったほうがいいですが、今の時期は優先順位もあると思うのです。
この時期に自分たちの事業が実は単なる電力消耗につながっていないか。。
私の会社も災害におかまいなく営業を続けている企業のひとつですが。。
運営側には真剣に考えてほしいです。

そんな計画停電があるが故、毎日早起きしたり自宅を早く出て仕事をしている方々も多く、
くれぐれも毎日の疲労を 『会社のため!』 などと思い込まず、休息を挟んでくだされば。。
もちろん被災地との環境の違いは大きいですが、首都圏もかなりの非日常的な生活を送らざるを
得ないこの状況は、都心にお住まいの方々にも大きなストレスが生じているものと思います。
支える側の私たちが倒れてはいけないので、私も健康管理には充分気を付けます。

今日一日ゆっくり休み、久しぶりに普通の食事をし、連日連夜のPC睨めっこで肩や背中の
筋肉痛がひどかったので、熱いお風呂に入って湿布を貼り。。。
そんなことをしているうちに、先程からなんとなく日頃の感覚が戻りつつあります。

被災地へは、レターパックが届くようですね!
時間はかかるようですが、場所によっては届くみたいです。
動き回っている伯父は、家に帰れないはずなので、施設にいる伯父のほうに何か市販の
医薬品やサプリメント、少量でも栄養価が高いものなどを送ろうかと思います。
医薬品も、伯父が使わなくてもこの避難生活でお腹を壊したり、怪我で痛み止めが必要だったり。。
あると思うので。。。 避難所認定で物資が届くとはいえ、少ない食事事情もあるでしょうから
栄養補助食品とか、お風呂も入れないでしょうから清拭綿とかも。。。

明日はこれらの荷物を揃えようと思います!!!

そして。。。。
今日、この一週間私とともに寝ずに大活躍してくれたPCがとうとうダウンしました。。。
液晶がうつりません。。。ずっとずっと使っていたからですね。。。
よくぞ頑張ってくれました。 少し落ち着いたらSONYのラボに見てもらいます。
それまでは iPadがあるので、大丈夫です。

by miryuu_farm | 2011-03-21 19:52 | Comments(4)

ご報告  地震10日目

ここ数日、慌しく更新できませんでしたが。。
こちらを覗いてくださっているたくさんのみなさまに ようやく報告が。。

地震以来、ずっと安否不明だった伯父2人ですが 本日を持ちまして2人とも生存と無事が確認できました。。。

身障者の伯父のほうは、一緒に捜索してくれていた高校の同級生が名簿に似ている名前がある!と
教えてくれました。でも、施設の名前も聞いていたものと違うし、名前も1文字違っています。。。
ですが、この地域ではあまりない苗字なので、その苗字と読み方は一緒の名前・・・
希望を持って県庁に問い合わせすると、私が認識していた施設名は、いつの間にか名称を変更して
いたようで、別の名前の施設としてリストに挙がっていました。
ですが、連絡先はまったく同じことが判明し、この施設は伯父が入居していた施設と判明しました。
この施設は、幸いにも津波の直接被害からは免れ、その後おきた大規模火災にも巻き込まれることなく、
なんとか無事でいてくれたようです。。。


もうひとりの伯父は、大槌の会社で取締役をしています。
地震の日、伯父は社長だけを海沿いのオフィスに残し、他の部下を引き連れてもう一ヶ所の山側に
ある事務所の近くにいたそうです。その時、一回目の地震に遭遇したようです。

揺れがものすごかったので、これは嫌な予感がすると伯父はその時点で仕事を解散、
部下たちには家族の無事を確認し、すぐに逃げる準備をするように指示して帰宅させたそうです。
伯父は、自分は単身者なので特に家に戻るでもなく、自分だけ事務所に残ったそうです。

ふと見ると事務所手前の道路に大きな亀裂が入っており、これは車が通る時に突っかかって
タイヤが巻き込まれたら可哀想だと思い、伯父はひとり、その亀裂を埋めようかと作業を始めた時、
遠くから

『 津波がきたぞ!!! 逃げろ!!! 』

と叫ぶ声が聞こえ、慌てて山の中を駆け上がり逃げたのだとか。。。
もし、その時外におらずに事務所の中でのんびりしていたら・・・助からなかったそうです。

津波が去った後、町全体に大火災が起きたので山中を彷徨っていると 海沿いのオフィスに残してきた
はずの社長に奇跡的に遭遇したそうです。社長は海のすぐそばにいたので、海の様子がおかしいことに
気が付いて、車で無我夢中で山側の事務所目指して逃げたそうです。

その後、火事が落ち着いてからは社長と2人で山側の事務所に戻り、建物の完全損壊は免れていたので
町に救助が入るまではその事務所で雨風をしのぎながら時間を過ごしたそうです。。。
日頃から、この社長と伯父はすごいチームワークなので。。。
こんな時に離れていたのに避難中に奇跡的に会えたのも強い絆があったのかな、と思います。

自衛隊が大槌に入り、道が少し整備されてくると 伯父と社長は自分たちの持っていた軽油や
発電機を持って、行ける範囲での避難所を回って暖房をつけたり、炊き出しをしたりしていたんだとか。。。
自分たちも大変な時に、他の人のために動こうとするところが社長と伯父らしく。。。
ちいさい頃から、ずっと大大大好きな伯父なのですが、この話を聞いてさらに伯父を誇りに思いました。
自分だってろくに寝てない、休んでいない、寒い、食べていないでしょうに・・・・・・

何しろ電話も携帯もメールも通じないので、伯父はひとまず私達への連絡はあきらめ、
目の前で困っている人達の手伝い、救助に専念することに決めたそうです。
そういう伯父を見て、どこの避難所にも名前を登録していないので、きっとお姉さんや姪っ子さんたちが
心配しているだろうと思い、社長さんがわざわざ隣の市に設置してある衛星電話まで並びにきてくださり、
私達に連絡をくれました。。。 社長さんに感謝です。。。

***

去年の秋に、親戚ではないものの伯父が住む地域のご老人が 地元に循環器の医師がいないため、
盛岡の病院に検査入院しにきたことがありました。遠くてご家族は看病に通えないので、3年前に
病院を定年退職した母が、代わってご老人を毎日看病をしていたことがありました。

たまたま、そのご老人の息子さんがお父様の薬をもらいに盛岡の病院にきたとかで、
帰り道に母のところに寄ってくださり、もし心配なら一緒に車で連れていってあげるといわれ・・・
この時点では伯父も見つかっていなかったので、母は思い切ってその方の車に同乗し、
宮古・山田・津軽石方面に行って来たそうです。

テレビというのは、放送コードというのがあるので だいたいのことは放送できない、
映せないレベルにひっかかってしまうのですよね。。。。。
母は、「テレビの映像の10倍はひどい光景」 と言っていました。

未だに収容できないでいるご遺体がそこここにあり、母は通りがてらに手を合わせながら
進むのだけど、あまりのたくさんのご遺体に次第にそれもままならず・・・・・・・
とにかく夥しい惨状が目の前に広がり、何もできなかったそうです。

海からかなり高台のところに、伯父のところに遊びに行くといつも私達家族全員で訪れていた
海辺のレストランがあるのですが、あそこも何もなかった、跡形もなく流されていた・・・・・・
と聞いて、ショックでした。
海から20メートルくらいはある高台なのに、あんなところまで津波が来たんですね。。。。
母は、自分が育った町なので余計にショックは大きかったと思います。。。。

その足で、車で送ってくれた息子さんのご実家へ。
1階は津波で浸水したようですが、家は流されずになんとか残ったようです。
そんな殺伐とした環境の中、なにしろライフラインが完全に止まっているので、ご老人方は
さぞ寒くて大変な思いをしているだろうと母が行くと、ご老人方は庭でせっせと火を起こし、
焚き火をしながらホタテやイカ、海老などの高級食材をつまんでいたそうで。。。

母が驚いて、「こんな時にどこからそんなものを!?」 と聞くと、そういえばこの三陸地域に
住む方々というのは、うちの伯父もそうなのですが、業務用の妙に本格的な「巨大冷凍庫」を
必ず一家に一台、保有しているのです。。。
その年に採れたサンマ、ホタテ、イカ、うに、あわび・・・・などなど、市場には出せない
規格外のものなどを自宅の大型冷凍庫に1年分保管して、活用するのです。。

ですが、停電によってその冷凍庫の在庫が溶け出してきて 何しろ高級食材、捨ててしまっては
もったいないので、この1週間、毎日これらの高級食材を食べながら過ごしたそうです。
それでも消費が間に合わないので、近くの避難所にも海鮮汁にして食べるように分けてあげたと言っていたそうです。。。
ご老人方はすごいです。
火種がなくても木片から火を起こすことができる・・・ 火を起こせば暖も取れるし、料理もできる。
私達の年代ではとてもとても容易にできないことですよね。
たくましいご老人がたのエピソードに、ちょっとだけ癒されました。。。


岩手県は、地震発生後6分で自衛隊に救助を要請しており、援助が入ったのも早かったと聞きました。
物資や支援も、心なしか岩手県の対応は早いように感じます。。。
宮城、福島も、早く避難所の物資が届き、こうした極限状態で暮らす方々を安心させてほしいです。。

***

私も、この1週間ひどい生活をしてきたので、今は安心感で力が抜け・・・
ですが、来週から働けるように、まずは体力と生活のペースを元に戻さなくてはです。。。

自分の本当の気持ちとしては、東京のオフィスで電力を着々と消費しながら毎日働くよりも、
少しでも自分の医療の資格や経験を活かして、避難所の方のケアをしたり、もしくは孤立して
不眠不休で働いている病院スタッフや老人保健施設のスタッフに代わって働いたり・・・・・・・
少しでも何か 今の被災地や原発関連で困っている人達のために自分の力を使いたいです。

現実的には無理なことなんでしょうが・・・・・・
被災している方々は「自分の家族」と思って、自分にできることを考えます。

安否捜索中、あきらめないでと励ましのお言葉をいただいた方々。。
一緒に伯父を探してくれた同級生。。
自分だって停電による通勤が大変で、毎日いつもの3倍かけて通勤していたのに
「miryuuさん!これから買い物行くので足りないものあったら言って下さい!届けますから!」
と、気を使ってくれた後輩たち。。。
私の愚痴メールにひたすら相手をしてくれた、同僚の方々。。。

改めて、自分はたくさんの方々に支えてもらっていることを実感しました。
みなさま、本当に本当にありがとうございました。。。
心から、感謝申し上げます。

by miryuu_farm | 2011-03-20 23:04 | Comments(2)

地震  7日目

地震当日を1日目と数えると、今日で7日目です。


昨日は午後にとても驚いたというか、ショックというか、
そういう表現を通り越すような気持ちになる出来事がありました。
ものすごい脱力感でしばらくの間、何もする気が起きませんでした。


時々、ちょこちょことしたお付き合いがある方から、昨日の午後 突然こんなメールが来ました。

 遺体の所持品などから推察された人の氏名を遺体の本人確認の前に公表するみたい。
 どのように公表されるかはまだわからないけど。
 希望を喪失させるようなメールを送るようで申し訳ないけど・・・


こんな内容でした。

おそらく、このメールを送ってきた方にまったく悪意はなかったのでしょうね・・・
ですがこの 『悪意のない善意』 ほど、私の気持ちを。。。

例えば、地震から一ヶ月、二ヶ月も経過して、私達家族が「死亡している」可能性に
全く目も向けず、闇雲に生存者リストばかりを血眼になって探しているのだとしたら、
私に対して上記の内容のメールでもいいでしょう。

ですが、皆様もご存知の通り、自衛隊や救援隊が現地に入ってまだ間もなく、
ライフラインが途絶えて外部とまったく連絡が取れず、自分たちがそこにいることを
知らせられていない被災者の方々も沢山います。。。 
福島、宮城については、まだ岩手ほど避難者リストが整理できず、発表できるほど
まだまとまっていないと聞いています。
そのため、NHKの避難者名簿情報も、繰り返し岩手の分を放送しています。

もちろん、目に見える文章は違えど、結局は言い方を変えるとこう聞こえてしまいます。

「あなたの家族はもう死んでいるかもしれないから、死亡者リストもチェックしたほうがいいよ」  ・・・と。

私も姉も、医療従事者ですので おそらく一般の方々よりはより「死」について日々考え、
これまでの人生で仕事を通してそれらに寄り添ってきた回数も数え切れません。
地震が起きて、津波の映像が公開され、あの映像を見れば あの該当地域にいたとしたらもう、
そういう可能性をはじめから想定して伯父たちを捜索していかないといけないと思っていました。
安否確認というのは、「生存者」と「死亡者」の両者を確認する作業です。
私も姉も、毎日毎日、その両方をひたすら繰り返しています。
それは、わざわざ他人から指摘されることではないような、そんな気がしました。。

***

この方とは今後も時々お付き合いは続いていくと思いますので。。。
私もこれきりで気持ちを切り替えて、今回のことはもうここに書いて終わりにしようと思います。。。
誰が悪いということではないから。

だけどそれくらい、大きな災害というのは 人の心にも大きな影響があるのだな、、、と実感しています。

***

今日の気温の低さの影響で、これから首都圏でも大規模停電になる可能性があると国から発表が。
予定のグループではない方々も、これからの停電に備えましょう。
1000社近い企業にも、改めて節電要請があったようです。
夕方から電車の本数も減らすよう、国土交通省で通達があったようです。
みなさま、早めのご帰宅を。

今日はわたしも一度PCの電源を切ります。

by miryuu_farm | 2011-03-17 17:13 | Comments(0)

地震当日 3月11日 14:46

少し休憩し、再度避難者名簿の確認をしようとPCを開けましたが まだアクセス集中でHPを開けません。。。
SNSにも新しい情報はありません。
そんなに寝てもいないのに、まったく眠くないので この日を忘れないように地震当日のことを書いておこうと思います。



2011.3.11 14:46pm

この時、私は東京千代田区の自分の会社にいました。
新人スタッフのフォローのため、自席を離れて別の椅子に座っていました。
すると部長が、
『 miryuu 、今日何時くらいまで会社にいる? ちょっと相談したい案件があるんだけど 』 と話しかけてきました。
連日勤務がずっと続いていたので、今日は残業はしたくないな・・・と思い、『 17時までなら大丈夫です 』 と答えました。

その後すぐ、座っている自分がなんとなくふわふわしている感じがして、わたし、きっと勤務が続いて疲れているんだろうなあ~
よし、今日は上司からの振られ仕事は簡単に引き受けないで早く帰ってゆっくり休もう・・・と思いました。
が、ふわふわは段々と確実な縦揺れとなり、この時初めて「地震だ」と確信しました。

ゴゴゴゴゴ・・・・・・という長い縦揺れのあと、その後はもっともっと長くて激しい横揺れ。
オフィスはビルの12階にあるので、余計に横揺れしたんだと思います。
はっと周囲を見渡すと、さっきまでいたスタッフたちがいない! 立っていたのは私だけで
スタッフは皆、机の下に潜っていました。

デスクの物が床に落ち、PCはHDDが開き、空間が揺れているのが目視できるほど揺れました。
後から聞くとこの揺れは5分ほど続いていたようで、本当に長い長い揺れでした。
その後もまた強い揺れがあり、スタッフたちは何度も机の下に避難を繰り返します。
社内がもう大パニックとなっていました。

強い揺れが少し収まり、ニュースを見ようと皆で休憩室のテレビをつけると ものすごい光景が写っていました。
仙台の津波の映像です。田畑をどんどん飲み込んでいく津波映像は衝撃でした。
が、その瞬間、我が実家と三陸の沿岸地域に住む伯父たちは大丈夫だろうかと我に帰りました。

時間帯が、ちょうど東京にいる姉と甥っ子のプレスクールの時間帯で、姉のことも心配になり
ひたすら姉と実家と伯父たちの電話番号を繰り返し順番にかけ続けました。
もちろんつながりません。
1時間ほどそれを繰り返していると、ようやく16時すぎに姉の携帯とつながりました。
姉は甥っ子を連れてプレスクールに向かう途中に地震にあったようですが、奇跡的にも
その日は旦那さんが送ってくれていたおかげで、無事に家路に着けたようです。

このタイミングで姉に電話がつながったとなると、もしかしたら会社から実家の電話を鳴らし続けたほうが
実家の両親と早く連絡が取れるだろうか・・・と一瞬思ったものの、家にはフェルメがいるので。。
1人で待っているフェルメのことを思うと、やはり私は何がなんでも今日中に家に帰らねばと思いました。

すべての電車が止まっていたのですが、同僚が息子さんを迎えに横浜の先まで歩いて帰る!!!
と決心を決めたようで、ならば途中まででもできるだけ近道を案内したいし、私も同僚と一緒のほうが安心だし・・・
と思い、私も家まで歩いて帰ることを決めました。

途中、タクシーがつかまったらタクシーで・・・と思った我々の考えは甘すぎて、会社を出ると同時に
道には人、人、人・・・・・・ 一体どこからこんなに出てきたのかというくらいの人波が道に溢れ・・・
こんな光景は、人生で初めてでした。
この時、16:30 くらいでした。

同僚と道中励ましあいながら、途中トイレに寄ったり、飲み物を飲んだりして糖分を補いながら
道を進みました。普段ならこんな道を歩くなんて気が遠くなりますが、家で震えているであろう
フェルメのことを考えるとやる気が湧いてくるのと、周囲にも同じ方向に歩く大勢の人波につられて
気が付くとあっという間に港区でした。 途中お店に寄ったりもしたので、2時間半くらいでした。

その日のお昼間、ランチの時間にその同僚とおいしい中華料理を食べながら、
あーでもない、こーでもないねー・・と話しつつ、楽しい時間を過ごしたことをふと思い出しました。
たった数時間前の自分は、同じ日にこんなことに見舞われることなど予想だにせずにで、、、
当たり前のごくごく普通の日常のありがたさが身に染みて涙が出ました。。



家に着いて玄関を開けると・・・・・・ 思わず息を呑みました。
うちは玄関に宅配の水タンクを設置しているのですが、それが横に倒れており玄関に入れません。
奥を覗くと、冷蔵庫がなぎ倒しになっており、冷蔵庫の上に置いていた電子レンジも転落し廊下をふさいで・・・
倒れた冷蔵庫と、電子レンジの隙間から、フェルメがちいさい顔を覗かせて、くーん・・・と鳴いてくれました。

ですが、まずはこの水タンクと冷蔵庫を直さないとフェルメのところまで行けません。
ここは火事場の馬鹿力を発揮し、タンクと冷蔵庫を立たせて、ようやくフェルメと再会できました。
部屋に入るとさらにショックな光景が。
壁に沿ってシェルフ棚を置いているのですが、それがなぜか部屋のど真ん中に・・・
なぜかというと、足がキャスター足になっているタイプのシェルフなので、そのまま揺れとともに
部屋の真ん中まで転がってきたようです。。。 でも、逆にそれでよかったです。
倒れてフェルメが棚の下敷きになったりしたら大変でした。
もちろん、棚の物はすべて床に散乱です。

我が家は高層階なので、免震構造で横揺れが普通の建物よりもすごいのです。
部屋全体が大きく横に揺さぶられたのだな、と感じました。

フェルメは、部屋からキッチンに向かう廊下が冷蔵庫の転倒により塞がれてしまったので
トイレに行けなくなり・・・ でも、ひたすらトイレも我慢してじっと待っていてくれたようです。

その後は両親たちに連絡もつかず、ショックと疲れで何もする気力がなく・・・・・・
とりあえずまた大きな地震が来るかもしれないので室外に逃げる道分だけ確保して、片付けはあきらめました。
その夜も余震が頻繁で、結局ほとんど眠れませんでした。

地震当日は、仙台の津波被害の映像ばかりでした。
仙台と三陸はかなり離れているので、一番被害が大きかったのは仙台だったんだ・・・と思っていました。
しかし、翌日になって、岩手の三陸地域の津波映像が次々報道されるようになり・・・・・・
三陸は母の実家ですが、小さい頃大好きな伯父に連れてもらって遊んだ海や町が
ものすごい勢いの津波にあっという間に飲みこまれていく光景は言い表せないほどのショックでした。。。

正直なところ、その映像を見るまでは、伯父たちも強運の持ち主なのできっと大丈夫だろう・・・
とどこかで楽観的に思っている自分がいたんです。 
ですが、さすがにあの光景を見てしまうと、もしかしたら・・・という危機感を感じました。

***

そして今日は5日目です。

伯父はまだ見つかりませんが、自衛隊の方々や 各国の救助隊の方々が続々と現地に入ってくださっています。
被災地への義援金や飲料水などを提供してくださるなど、支援の輪が広がってきています。。
本当にありがたいです。

被災地では、食糧や水の不足、避難スペースの狭さなどからそろそろ疲労感が出てくる頃と思います。
寒い、食べれない、飲めない、休めない・・・ では、1日を乗り切るのが辛いことだと思います。
どれかひとつでも、できるだけ早く解消されてほしいです。。。

by miryuu_farm | 2011-03-15 23:05 | Comments(4)